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マンション建替の理想と現実

2017年03月01日

 私募投資顧問部 主任研究員 菊地 暁

 都心部のヴィンテージマンションといわれる某マンションに引っ越してきて4年が過ぎた。築45年を超え、老朽化している箇所も多々見られるが、管理も行き届いており、周辺の築浅マンションと比べてリーズナブルでかつ専有面積100㎡前後確保できることから、今もフルリフォームして入居するファミリー層が後を絶たない。


 一方で、一昨年、当時の理事会が建替推進の序章として耐震診断を実施した。この結果が想定以上に芳しくなく、建替・耐震補強・修繕のいずれを選択するか、マンションデベロッパーを交えた真面目な議論が現在進んでいる。


 耐震性が劣るのであれば、喫緊に耐震補強をすべきであろうが、このマンションは構造がやや複雑であるため、耐震補強には十数億円(戸当たり1,000万円強)かかってしまう。しかし、十数億円かけて補強しても、老朽化した外壁や配管等はそのままである。合理性を追求するのであれば、建替・・・と考えるのも無理はない。


 実際、総合設計制度を利用すれば容積率を1.5倍程度にまで割増し出来る可能性があり、ファミリータイプ100戸相当の保留床が発生する。複数の駅まで数分の好立地、都心大規模地の希少性から、保留床の販売で事業が頓挫することはほぼないだろう。それゆえ、住民からは「早く建替えましょうよ」との声も聞こえてくる。私は当初、このマンションには賃借で入居していたが、ロビーに展示されている建替後をイメージしたタワーマンションの建物模型を見て、「建て替えたらキャピタルゲインも得られるではないか」と妄想し、当時売却に出ていた住戸の購入を即決した。建替前提で入居したため、リフォームも出来るだけ簡易に済ませ、さらに建替を推し進めようと、マンション再生委員会の委員長にまで就任した。


 しかし、マンション再生委員長になってみて、議論がなかなか前に進まない現実を目の当たりにしている。耐震診断では震度6弱程度で倒壊の危険性があると診断されており、住民はみな、「安全・安心」に暮らすためには建替がベストだと理解はしている。総論では賛成である。しかし、個々の事情から各論では反対(いや、猛反対)である。建替にはマンションの解体・建設まで約2年程度の仮住まいが必要となるが、「うちのおばあちゃんは足腰が弱っているので、とても引越などできない」、「学区が変わると困るから、小学校卒業まで待ってくれ」、「昨年フルリフォームしたので、しばらく待ってほしい」、「住宅ローンの支払いが済んでおらず、仮住まいの家賃との二重支払いはとても無理」・・と反対理由は枚挙にいとまがない。また、たとえ耐震診断の結果が悪くても、日々平穏に過ごしていると「このマンションは倒壊の危険性がある」との危機感は薄らいでしまう。ましてや先の東日本大震災でも目立った損壊がなかったため、「本当は何もしなくても大丈夫なのではないか」などと楽観視する人もいる。



 内閣府規制改革推進室の資料によると、旧耐震基準に基づくマンション戸数は100万戸強あるのに対し、マンション建替実施件数は実施準備中まで含めても僅か250件程度(2016年4月1日現在)にとどまる。改めて、この件数の少なさの意味を知る。制度的な高いハードルもさることながら、Same boatに様々な住民が暮らすマンションで意見を取り纏める難しさを痛感している。インターネットに掲載された建替事例の理事長さんの話には「建替まで来るのに10年かかりました」などと書いてある。私はまだ3年目。建替が本当に最適解かはわからないが、同じマンションに暮らす住民が「安全・安心」に暮らせるよう、もう少しだけお手伝いをしたい。



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